愛加那(西郷隆盛の妻)と子供たちのその後は?子孫はどうなった

2018年のNHK大河ドラマ「西郷どん」

西郷隆盛の2番目の妻、愛加那が話題になりそうです。

二階堂ふみちゃん演じる愛加那さん。

ドラマの中では次第に強くなっていく女性のようですが、実際はどんな方だったのでしょう。

夫・西郷隆盛との別れ、子供たちとの別れ・・・

そんな経験をされている女性です。

どちらかというと悲劇のヒロイン的なイメージでしょうか。

愛加那さんと子供たち、彼女たちのその後や子孫などを調べてみました。


スポンサーリンク




愛加那と西郷隆盛の出会いは


西郷隆盛さんは49年の生涯に2度、島送りとなっています。

当時将軍の跡継ぎをめぐり幕府と薩摩藩などが対立。

薩摩藩主の島津斉彬が亡くなり、幕府側が優勢となります。

幕府に反対していた人たちへの弾圧が始まりました。

藩主・島津斉彬から目をかけられていた西郷さんの身にも危険がせまります。

1859年(安政6年)1月、幕府から身を隠す目的で、奄美大島へ。

島流しというより潜伏でした。

西郷隆盛さんと愛加那さんは奄美大島で出会いました。

愛加那さんは奄美大島の名家の一族です。

1859年(安政6年)12月、西郷隆盛31歳、愛加那23歳のとき二人は結婚しました。


愛加那と西郷隆盛の別れは


西郷隆盛さんが奄美大島で暮らして3年たちました。

すでに長男が生まれ、二人目の子供(長女)が愛加那さんのお腹にいました。

薩摩藩から西郷さんに帰ってくるよう命令が届きます。

藩には島妻を連れて帰ってはいけないという決まりがありました。

1862年(文久2年)2月、西郷隆盛さんは奄美大島を離れます。

しかし、これが愛加那さんと西郷さんの最後の別れではありません。

数ヶ月後、西郷隆盛さんは2度目の島流しとなります。

藩主と意見があわず、今度は罪人として奄美大島から南30㎞にある徳之島へ、
数ヶ月後、さらに南30㎞の沖永良部島へ流されます。

西郷さんが徳之島にいるとき、愛加那さんは二人の子供を連れて島を渡っています。

1864年(元治元年)3月、藩は再び西郷さんへ戻ってくるよう命令します。

西郷さんは沖永良部島から鹿児島へ戻る途中、奄美大島へ立ち寄り数日間過ごしました。

このときが愛加那さんと西郷さんの最後の別れとなったようです。


愛加那その後は



画像:愛加那-Wikipedia-

奄美大島に残った愛加那さんと二人の子供はどうなったのでしょう。

子供たちは西郷隆盛さんのもとへと引き取られていきます。

その後、愛加那さんは兄の次男を養子に迎えています。

生涯を奄美大島で過ごし、1902年(明治35年)9月、農作業中に倒れ、亡くなりました。

いまも奄美大島にお墓があるそうです。


長男・菊次郎のその後と子孫は



画像:西郷菊次郎-Wikipedia-

1869年(明治2年)西郷隆盛さんは8歳の菊次郎さんを奄美大島から引き取ります。

11歳のとき、菊次郎さんはアメリカへおよそ2年間の留学。

16歳の時、西南戦争に参加し、右足のひざ下を切断という大けがをしています。

23歳で外務省に入り、その後は外交官として活躍。

30代でご結婚され、6人の子供を授かりました。

1904年(明治37年)に京都市長に就任。

1928年(昭和3年)11月27日に67歳で亡くなっています。

お孫さんに西郷隆文さんという方がおり、鹿児島県で陶芸家として活躍されています。


長女・菊草のその後は


西郷隆盛さんと愛加那さんの長女・菊草さん。

1874年(明治7年)12歳ごろ、菊草さんもまた、西郷家に引き取られます。

菊草さんが14歳になると大山誠之助(大山巌の弟)と婚約。

奄美大島からわざわざ引き取ったかわいい娘です。

西郷隆盛さんは大山誠之助さんには期待していたのでしょう。

菊草さんは17歳で大山誠之助さんと結婚。このとき誠之助さんは30歳。

その後、4人の子供に恵まれましたが、結婚生活は誠之助さんの借金や家庭内暴力に苦しんだそうです。

45歳頃に菊草さんは夫・誠之助さんと別居。兄・菊次郎さんのもとに身を寄せて暮らします。

明治42年(1909)9月7日、47歳でその生涯を閉じました。

菊草さんのお子さんたちは、夫・誠之助の兄・大山巌夫妻に引き取られたようです。

菊草さんに関してはあまり記録が残っていないようです。

夫の借金や暴力に苦しみ薄幸な人生を送ったと言われています。


まとめ


兄・菊次郎さんは、西郷家に引き取られた後も、母・愛加那さんと数年間暮らしたり、仕事の合間をぬって会っていたようです。

妹の菊草さんの方は12歳で母・愛加那さんと別れ、その後再び会うことはなかったそうです。

西郷隆盛さんと言えば情に厚い人物。

愛加那さんをいつか鹿児島に呼び、菊草さんにも幸せな人生を送ってほしかった。

きっとそんな気持ちだったと思うのですが、偉人といえども思い通りにならなかったようですね。

スポンサーリンク




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク