明日待子の経歴と現在や結婚は?アイドル時代の画像がかわいい

今度、「爆報!THEフライデー」で明日待子さんを紹介。

明日待子って誰?

そう思う人も多いはず。もちろん私も知りませんでした。

明日待子さんは日本初のアイドルなのだそう。

なんにでも初というものはあります。

確かに日本初のアイドルって気になります。

当時の日本人ってどんな女性が好みだったのでしょう。

明日待子さんの経歴や現在、ご結婚などを調べてみました。


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明日待子さん経歴と画像



明日待子さん、さすがに日本初のアイドルということだけあってWikiにも出ています。

明日さんの経歴をまとめてみると

明日待子(あしたまつこ)

本名:須貝とし子(すがいとしこ)

別名義:五條珠淑(ごじょうたまとし)

出生地:岩手県釜石市

生年月日:1920年(大正9年)3月1日生まれ

年齢:97歳(2017年)

明日待子さんは岩手県釜石市で生まれました。

旧姓は小野寺とし子。

戦前から戦後にかけて、現在のJR新宿駅南口あたりに「ムーランルージュ新宿座」という大衆劇場があったのだそうです。

明日待子さんは13歳の時、地方巡業に来ていた「ムーラン・ルージュ」の劇団俳優からスカウトを受けます。

当時、ムーラン・ルージュは早慶や明治、立教といった大学生やインテリ層に人気があったのだそう。

明日待子さんはすぐに人気となり、ムーランルージュの看板女優として活躍します。




初代カルピスのCMガールにも選ばれ、ライオン、キッコーマンなどのポスター、雑誌のグラビアなどを飾ります。




明日待子さんの人気は徐々に広がっていきました。

18歳の頃に映画出演。

1949年(昭和24年)29歳の頃、彼女のファンでもあった北海道の興行会社の御曹司と結婚。

玉の輿といったところですね。

そして結婚を機に引退をしたそうです。


明日待子さん現在は


明日待子さんは結婚後、北海道へ移住。

幼いころから学んでいた日本舞踊の特技を生かし、舞踊研究所を開きます。

現在は正派五條流宗家家元、五條珠淑として日本舞踊家の師範をしておられます。

結婚後、明日待子さんは公の場から姿を消しました。

2011年にムーランルージュ新宿座を舞台にした映画「ムーランルージュの青春」が公開。


明日待子さんは舞台挨拶に出席しました。

60年ぶりに姿を現した明日待子さんが話題になったそうです。

とは言え、60年前の彼女を覚えていた人は今の日本にどれほどいたのでしょう。

伝説の人ですから。

91歳の明日待子さんは大変お元気だったそうです。




お写真を見る限り、とても91歳にに見えませんね。

お写真は2011年。

現在は97歳になっていますが、変わらずお元気だそうです。



まとめ


明日待子さんは今で言うところのライブアイドル。

身近に会えるアイドルですね。

その頃のムーランルージュ新宿座には若き頃の黒澤明や作家の志賀直哉、菊池寛等も通ったのだそうです。

彼らは明日待子さんを見るためにムーランルージュ新宿座に通いました。

世界的映画監督や大作家さんたちにとってのアイドル。

明日待子さんが結婚し引退したとき、彼ら大御所たちはどれほど嘆き悲しんだことでしょう。

そう想像すると思わずニヤリです。

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